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足立学園高等学校 インタビュー
井上実校長/杉田雅人さん(探究コース3年)/中村匠満さん(文理選抜コース2年)
――アフリカ・スタディーツアーは2022年度に、ラオス・スタディーツアーは2023年度に、それぞれ第1回を実施した比較的新しいプログラムですね。なぜこれを取り入れたのですか?
井上校長 JICAの現職教員特別参加制度で2年間ラオスに派遣されていた本校の教員の提案がきっかけでした。「アフリカで最も美しいといわれるタンザニアの雄大な自然と、都市部の目覚ましい発展、何より現地の人々の幸せそうな笑顔は必ず生徒たちの人生のプラスになる」と言われたのです。始めは正直、無茶だと思いました。いくら学びがあると言っても、生徒を危険な場所につれていくことはできません。しかしすでに200回近くも無事故で学生ツアーを引率してきたというコーディネーターの方から直接話を聞き、ツアーの興味深さだけでなく安全性の確保にも見通しが立ちましたので、最終的には私が理事長に強くプレゼンを行い、導入が決まりました。
――では杉田さん、中村さん、お願いします。
杉田 私が参加した2023年度のアフリカ・スタディーツアーは7月16日に成田空港を出発し24日に帰国するまでの約10日間のプログラムでした。現地ではフィッシュマーケットや国立公園でのサファリツアー、コーヒー農園・バナナ農園の見学ほか、学校やマサイ族の村を訪問し交流を行いました。
中村 私が参加したラオス・スタディーツアーは、10月22日から31日までの約10日間、5名の生徒が参加しました。まず首都ヴィエンチャンに到着してすぐ、それまで持っていたラオスのイメージがガラガラと音を立てて崩れていきました。町並みも道路もきれいに整備されていました。そして、どの飲食店もものすごく楽しそうに賑わっていたんです。その後、バタフライピーというハーブを育てている農園で雑草を取る作業のお手伝いをしたり、世界遺産や朝市、少数民族の村や学校訪問などがありましたが、ほかにもベトナム戦争で残る不発弾の問題を学んだり、中国の影響を受ける経済特区や、孤児院を訪問したり。JICAへの訪問もありました。
杉田 中村くんは、今度タンザニアにも参加するんですよ。次回は13日間に伸びるんだよね。前回は移動の機内泊を含めての10日間で、現地滞在は実質7日ほどだったけど。
中村 そうですね、現地の学校で実際に授業を受けられるようで、とても楽しみです。
杉田 中学に入学した時からオーストラリアなどの留学プログラムがあることは知っていましたが、自分は英語が苦手でしたし、興味もなかったです。ただアフリカには、すごく惹かれました。相変わらず英語に自信があるわけでもなく、ぼんやりとユニセフの活動や国境なき医師団への憧れがあるくらいで、テレビやニュースで少し聞くくらいのイメージしかなかったんですが。タンザニアプログラムの説明会に参加して、雄大な自然はもちろんのこと、市街地がとても発展していて一言では言い表せない魅力があると知り、自分の目で確かめてみたくなりました。
井上校長 スタディーツアーの参加者は、本人が興味を持って行きたいと強く望み、保護者の方も「良い経験だから」と薦めてくれるケースが多いのですが、杉田くんはご両親の説得に1年かけたんですよ。
杉田 はい。本当は第1回目から参加したかったけれど、危ないからと許可が下りなくて。説明会で聞いた内容や、自分で調べたことを伝えて、なんとかOKをもらえました。
井上校長 きっと杉田くんのご両親は本気度を知りたかったんだろうね。中村くんはむしろお母さんのほうが乗り気だったと聞いています。
中村 はい。僕は野球部に所属していて長期休暇中でも練習がありますし、留学には関心はありませんでした。ラオスに関しても、貧しい開発途上国、という漠然としたマイナスイメージしか持っておらず、正直、自分は一生行くことはないだろうと思っていたほどです。でも中学1年生の時の担任の先生が発案者の先生で、日頃からラオスのJICAでのことや、個人旅行でアフリカに行ったエピソードをよく話してくれました。最初はなんとなく聞いていたのですが「開発途上国は生活が苦しいという事実がある。でも人々はすごく輝いているんだ」という言葉がとても頭に残ったんです。中学3年になり、母親が「面白そうなプログラムができるみたい」と薦めてくれて、ちょうど中学の部活動を引退する時期だったこともあり、これも何かの縁だと思って参加しました。
杉田 一番を決めるのは難しいです、大使館での失敗も含めて全工程が印象的で……。
井上校長 タンザニア大使館を表敬訪問するのですが、そこで彼は団長として、英語で挨拶をしたんですよ。
杉田 でも緊張して全く話せなかったんです。
井上校長 そういう失敗も大人になったらすごく大切な宝になっていると思うよ。それに帰国後に再度挨拶に行った時は、堂々と話せたと聞いています。
杉田 危うくトラウマになりかけました(笑)。飛行機での長時間移動も辛くて。でも実際に現地に着いたら、何もかもが新しい経験で、暗い気分も吹き飛びました。びっくりするぐらい活気に溢れたフィッシュマーケットでは、先生が巨大なロブスターを押し売りされかけたり(笑)。サファリツアーでバッファローの大群を見たことも、マサイ族のダンスも……やっぱり一番は決められないかなあ。中村くんはどうですか。
中村 僕は先生が言っていた「人の輝き」が、ツアー全体を通じて一番印象に残っています。特に先生が派遣されていたルアンナムターという田舎町での学校訪問、孤児院の訪問での現地の方とのふれあいではっきりと実感しました。その中で、言葉に頼らないコミュニケーションも知ることができました。英語は、僕は学校ではそこそこできる方だと思ってましたが、実際には全然通じないし、聞き取りもできないこともショックでしたが、ラオスの人たちは基本シャイなので、お互い人見知りのみたいになってしまって……。でも親しくなると一気に距離が縮まったんです。訪問した学校では一緒にダンスをしたり、子供のころにやっていた空手の技をやってみせたりしたのですが、とても喜んでくれて。たくさん写真を撮ってFacebookで繋がりました。帰国してからも連絡を取っています。言葉の壁があったからこそ、お互いに伝えよう、受け取ろうと努力をして、結果としてとてもいい関係になれたことが自分にはすごくいい経験でした。
杉田 個人的に一番つらかったことは往復の飛行機です(笑)。それ以外は……アクシデントはありましたね。参加者の一人がうっかり生水を飲んでしまい、お腹を壊して急遽、現地の病院へ行くことになったんです。幸い一日安静で復帰できましたが、私にとってはとても貴重な出会いがありました。その病院は、他に何もないような場所にあるのに設備の整った大病院で、現地の方もたくさん通っていることにも驚きましたが、そこで創立者のアメリカ人医師の方にお話を聞くことができたのです。その方も元は旅行者で、キリマンジャロに登った時に体調を崩してしまい、病院がなくて非常に困ったのだとか。その経験から20年前に全財産を投じてこの病院を建てたんだそうです。そこから現地の方と交流を続けて信頼や協力を得て大きな病院になった、という話を、直接ご本人から聞くことができて感激しました。「いつか僕も医者として来たいです」と宣言してきました。そのためにも英語をもっと勉強しようと思っているところです。
中村 僕もラオスの現地で働く方のお話には感銘を受けました。JICAの事務所で働いている日本人スタッフみなさんは、やはりすごく輝いて見えたんです。その時のお話の中にあった「自分の『好き』を突き詰めろ」というアドバイスがものすごく刺さって、自分の進路を考える指針ができたように思います。
井上校長 志のある方との出会いは貴重な財産になりますね。中村くんは、困ったことはありましたか?
中村 特には思いつかないです、日本と比べたら施設の設備が壊れているとか、トイレがあまりきれいではないとかありますけどそこまで気になりませんでした。強いてあげると、現地の独特のスパイスが使われた激辛料理には苦戦しました。
杉田 タンザニアに行ったら絶対、レッドバナナを食べて。あまりに美味しくて皮まで食べていたら農園の人に笑われたけど。果物も野菜も本当に美味しかった。でも市街地は自動車の排気ガスで鼻の穴が黒くなるから気をつけて。
中村 楽しみです(笑)。行くからにはすべての経験を味わい尽くしたいですね。
杉田 まずアフリカのイメージが変わりました。そして、僕は親への感謝を強く感じるようになりました。最初反対されたように心配性なところがあって、正直、「うるさいな」と思うこともあったのですが、諦めずに説得したら真剣に聞いてくれて、結果、快く送り出してくれました。こんなすばらしい機会を与えてくれる足立学園という学校に通えることも、毎日楽しく不自由なく過ごせていることだって親のおかげなんだなって、初めてちゃんと考えて、とても感謝するようになりました。
中村 そうですね、ラオスの人がいくら輝いている、といってもやはり貧困という問題はあります。学校でお昼ごはんを食べられない子もいるし、ごはんも正直おいしいとは思えませんでした。体調を崩しても病院に行けない子もいる。自分が当たり前だと思っていた生活がとても恵まれているという事実を再確認しました。
一方、そういった暗い気持ちになる事実があるのに、現地の人たちが笑顔で輝いている。そんな輝きの理由を解明したいと思いながら10日間を過ごして、「幸福感の違い」なのではないかと考えるに至りました。僕は子どもの頃、単純にお金持ちになって高層マンションの最上階に住むのが幸せだと思っていました。でも、きっとそうじゃない。幸せは一つの価値観で測れるものじゃない。では自分にとっての幸せってなんだろう。どう生きたいのか、どういう人物になりたいのか。そう考えられるようになったことが、このスタディーツアーで一番学べたことだと思います。
井上校長 ふたりとも、約10日間の経験とは思えないほど大きな人間的成長を遂げていて驚いてしまいます。ぜひこの経験を糧に、志をもって世界で活躍する人になってほしいですね。
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